京都駅前ターミナル

The Largest Tram Terminal in Japan

京都駅前西のりばには終端を除いて架線柱が5対建っていた。1970年代の写真では終端から3本目の架線柱には東行の(↑×)信号機だけが設置されているが,ここには信号機が2基設置されていた記憶がある。と思って調べると,「京都市電物語」アルバムの高橋弘氏撮影の頭端ターミナル化直後の写真には,西行の(↑×)信号機がはっきり見える。京都駅前の連動装置がどうなっていたか知る由もないが,信号機の番号は裏側記載であったため写真には写っておらず,2番線の出発信号機が[7R]であったことだけしか判らない。それでは他の信号機の番号はどうであったか,を想像した結果がこのページである。信号機配置は,東のりばで折返した河原町・伏見線も西のりばから出発可能とする構成であったが,発着容量の制約で実現には至らなかった。 (10/25/08)

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信号機の想像による付番。東のりばと西のりばを通し番号にし,東側から交通信号機に組み込まれた(↑×)信号を含めて付番しているが,末期には中線西行に対応する2Lと4Lは撤去されていた。印はトロリーコンタクタの位置で,信号機の↑現示を切るのに使用。西のりばについては4L~6L,4R~7Rの7基の信号機に対応するが,5Lと6Lは2方分岐であるため計9個存在した。(クリックで拡大します。)
西のりばの終端。2番線には6ろ系統713号,3番線には4甲B系統2006号が入線。3番線の弘亜社製看板の「大宮(北野)線」は消されている。(1972.3) 西のりばの3線に電車が並ぶのもあと僅か。廃止準備工事で乗務員詰所手前の植栽帯は既に舗装されている。(1974.3)
シーサス上の4連のトロリーコンタクタが目立つ。出て行く電車は4甲B系統2614号。出発信号機はかなり低い位置に設置されていた。(1972.3) 切欠ホームだった1番線に入線する4乙B系統1857号。駅本屋との位置関係で乗車ホームが右側になったことが,ワンマン時代になって余計な出費を招いた。(1972.3)
1番線からの出発が優先され,2・3番線からの電車は画面左端の[4R]で待機することになる。その裏側に設置された[4L]は撤去されていたが,中線のコンタクタは残る。 666号が1645号に改造された後,残った唯一のゾロ目車888号(10・11甲系統)が中線を横切って出発する。中線は留置線として使用されていたが,連動装置上は中線東行は想定外だったようだ。(1969.4)
5本目の電柱には進路選択信号機が設置されていたが,作動しているのを見たことはない。ここにはコンタクタが無いため,軌道回路を使用していたと思われる。降車ホームには,6ろ系統718号が到着。 塩小路通の交通信号機に組み込まれた[3R]は,かつては(←×↑)の3現示だったが,壬生のあった時代に既に(←×)の2現示となっていた。10・11乙系統1833号が到着する。(1972.1)
東のりばには,西のりばのような番線表示がなかったため,駅本屋に近い方を慣例的に1番線と呼ぶ。1番線に19系統713号,2番線に15乙系統526号が停車中。(1969.4) しかし出発信号機の補助灯を見ると,正式には伏見線側が2番線だったようだ。19系統507号が入線する。のりば案内の行灯は左の写真には無く,廃止前年になって設置されたことが判る。(1970.3)