愛宕山鉄道

Mt. Atago Electric Railways (1929-44)



市電を除くと,京都市内から完全に消滅した唯一の鉄道が愛宕山鉄道である。開業は昭和4(1929)年4月12日で,軌間1,435mm,営業距離3.28kmの平坦線と,少し遅れて同年7月25日に開業した軌間1,067mm,営業距離2.03kmの鋼索線からなったが,後者は現在に至るも日本最長の鋼索線であった。いずれも不要不急路線として,戦時中の昭和19(1944)年に休止され,そのまま復活することなく廃止されている。京阪の傍系であった会社自体は戦後しばらく存続したが,1959年10月31日に解散した。今でも試峠(鳥居本~清滝間)の交互通行トンネルに,かつての鉄道時代の面影を偲ぶことができる。

※鋼索線の休止日は2月11日であるが,平坦線の休止日は2月11日と12月11日の2説がある。和久田康雄氏の書物は前者を採用しているが,同年1月11日に単線化が実施されていることから,後者が正しいと思われる。 (幻の鉄道「愛宕山鉄道」を訪ねて)

鋼索線の駅は愛宕と清滝川,平坦線の駅は清滝,鳥居本,釈迦堂,嵐山であり,嵐山は嵐電と共同使用であった。下に当時の路線が掲載されている陸地測量部地図(部分)を示すが,目をこらせば駅を読み取ることができるかも知れない。愛宕山鉄道は僅か15年足らずしか存在しなかったため,その路線が掲載された地図を見る機会は少ない。平坦線については,嵐山駅への取り付け部分を除いて,すべて現在でも道路敷となっているので,路線跡をたどるのは容易である。


(陸地測量部2万5千分の1地形図「京都西北部」(部分)大正11年測図,昭和2年修正測図,昭和6年部分修正測図,昭和7年12月28日発行。)

1929年10月に発刊された改造社版「日本地理体系」7近畿篇には,開業間もない愛宕山ケーブルの写真が掲載されている。画面左から2つめの橋梁区間に車両(搬機)が写っているのが見えるだろうか。

愛宕山鋼索線   清滝川を挟んだ洛西の幽辺境清滝公園を起点として,愛宕山上に通ずるもので,水平距離1哩3分2厘。規模の雄大なる東洋一の称がある。 頂上終点愛宕駅までに隧道6ヶ所,橋梁6ヶ所あり。山頂にも遊園地あり眺望佳絶にして京洛は無論,丹波滋賀大和の地方まで手に取る如く一望に収め得べく。


清滝駅跡付近から鋼索線起点清滝川駅跡方向を望む起点付近の軌道跡中間点より山頂寄りの軌道跡
上右写真付近の軌道跡からの眺望終点愛宕駅(独標745m付近)の廃墟
35年前の鋼索線跡   写真はいずれも1967年5月と10月に撮影。この当時,隧道の半数は土砂崩落で埋まっていたが,残りの半数は歩いて通り抜けることができた。風化しつつあるコンクリート橋梁の脇には,キロポストがまだ朽ち果てずに残っていた。当時,愛宕山ケーブルをロープウェイで復活するという計画があって,10月には愛宕駅の廃墟で測量作業中の人に出会った。
(2002.3.24)