京都市電の方向幕

Scroll Signs of Kyoto City Trams

以下はネットオークションに出品されていたか,ネット上で公開されている京都市電の方向幕から起こしたものである。
方向幕の現物をお持ちの方は,是非コマの内容をご一報下さい。(本HP作者は故物には興味を示しませんが,情報には興味があります。)

(A)は514型の方向幕で1970年以前,(B)は錦林車庫の方向幕で1963年6月以降のもの。(C)は錦林車庫1800型の方向幕と称して販売されていたが,「丸太町・銀閣寺」や「京都駅」のコマがないため九条車庫の方向幕。九条車庫への1800型転属は1972年1月の壬生車庫廃止の直前であったが,それでも7・17系統を運行する必要はあったため,これらの系統が使用したコマが入っている。(D)は実際の配列ではないが,伏見線系統が使用したコマを列挙したものを参考として掲げている。(E)は烏丸車庫で恐らく最後まで使用された方向幕の公開写真から起こしたもので,幕のサイズから1800型の物と思われる。

(A) 壬生514型(B) 錦林(1963)(C) 九条1800型
(1972)
(E) 烏丸1800型
(1974)
試 運 転
故   障
回   送
団   体
た か の
植 物 園
河原町今出川
く ま の
烏丸丸太町
千本丸太町
円   町
四条西洞院
烏丸今出川
(白幕)

百 万 遍
千本今出川
み   ぶ
四条大宮
ぎ お ん
銀 閣 寺
千本北大路
烏丸車庫
四条烏丸
北野・金閣寺
百 万 遍
千本今出川
み   ぶ
四条大宮
四条河原町
ぎ お ん
九条大宮
七条大宮
大宮・京都駅
烏丸・京都駅
京 都 駅
烏丸・北野
千本・北野
北野白梅町
東山七条
西大路四条
西大路七条
い な り

試 運 転
故   障
回   送
団   体
(白幕)
植 物 園
百 万 遍
烏丸今出川
千本今出川
く ま の
烏丸丸太町
千本丸太町
円   町
(白幕)

白 梅 町
西大路四条
西大路九条
銀 閣 寺
今出川・銀閣寺
丸太町・銀閣寺
錦 林 車 庫
四条河原町
京 都 駅
(白幕)
河原町二条
ぎ お ん
四 条 大 宮
東 山 七 条
西大路八条
九 条 大 宮
い な り

試  運  転
故    障
回    送
貸    切

百  万  遍
白  梅  町
銀  閣  寺
く  ま  の
錦 林 車 庫
今出川銀閣寺
円    町

西大路九条
九 条 車 庫
烏 丸 車 庫
東 山 七 条
西大路七条
九 条 車 庫
四 条 大 宮
ぎ  お  ん
西大路八条
四条河原町
四条西洞院
(白幕)

試  運  転
故    障
回    送
貸    切
烏丸今出川
四 条 烏 丸

西大路七条
金  閣  寺
京  都  駅
烏 丸 車 庫
(白幕)
烏丸車庫入 庫

東 山 七 条
百  万  遍
た  か  の
九 条 車 庫
(白幕)

下 鴨京 都 駅
今出川京 都 駅
京  都  駅
烏 丸 車 庫
植  物  園
今出川烏丸車庫
西大路四条
下 鴨四条河原町
今出川四条河原町

四条河原町
千本北大路
千本今出川
円    町
河原町二条
西大路九条
ぎ  お  ん
白  梅  町

(D) 伏見線系統
河原町今出川
京都駅・河原町二条
河原町二条
京都駅・四条河原町
四条河原町
京 都 駅
京都駅・中書島
中 書 島
京都駅・いなり
い な り
棒   鼻
京都駅八条口
京都駅・九条車庫
九 条 車 庫

説明のため,(A)(B)については1969年時点で常設系統が使用したコマ,(C)(E)については1972年1月の千本・大宮・四条線廃止以降74年4月の烏丸線廃止までの間,常設系統が使用したコマを黒色,それ以外を灰色で表示している。

白の円板と「貸切」方向幕の701号(錦林所属車)
(A)「団体」は1964年1月の運賃改定で「貸切」制度が制定される以前に使われたコマであるが,514型を貸切に使用する物好きが居なかったためか,「団体」のコマが残っている。「九条大宮」が後から追加された形跡があるが,これは1963年6月20日以降21系統が使用するようになった。早朝・深夜の出入庫便が使用した「千本丸太町」「烏丸今出川」や,祇園祭の時にしか使われない「四条西洞院」「四条河原町」も入っている。「いなり」のコマが入っているのは奇異に感じられるが,これは初詣時などの応援運行を想定したもので,後の1800型ワンマンカーの方向幕にも入っていた。しかし実際に使われたことはないと思われる。

壬生所属車には「白梅町」のコマは無く,「北野白梅町」であることが特徴的であった。今出川線が北野紙屋川町止まりであった期間には「きたの」を使用したが,狭軌線の「北野」とは別停留場であることを強調したかったのかも知れない。

(B)は錦林車庫の幕であるが,「たかの」が無いため(13)系統の烏丸移管後に対応する。しかし(A)と同じく,1963年末で廃止された「団体」のコマが残っているため,厳密には1963年6月~12月の短い期間の需要に応えるものと言える。「烏丸今出川」「千本今出川」「円町」「四条大宮」「ぎおん」「東山七条」等は,毎日使用する臨時系統があり,「百万遍」「河原町二条」等は祭礼時の臨時系統が使用した。しかしかつて(22乙)系統が折返していた「西大路七条」は無く,西大路駅のアンダーパスが冠水して通行できない場合に使用された「西大路八条」が入っている。この幕にも「いなり」が入っているが,団体対応らしき「植物園」と同じく,使われることはなかったと思われる。

(C)千本・大宮・四条線廃止以前には,「四条大宮」「ぎおん」「円町」「今出川銀閣寺」「錦林車庫」が使用され,「烏丸車庫」が使用されなかった。「四条西洞院」「四条河原町」は(A)と同じく祇園祭対応である。「西大路八条」は(B)と同じく西大路駅の冠水対応であるが,九条通からの電車は西大路九条で折返し運転を実施した。「七条千本」のコマが入ってないのは,ポンプ室が機能していたためであろう。

(E)烏丸車庫は末期まで系統網を維持した車庫であるので,最盛期と大きく変化しておらず,1970年以前の常設系統が使用したコマで欠けるのは「四条大宮」だけである。「九条車庫」は1974年4月の烏丸線廃止に伴う16系統の転属によって追加されたが,その時に削除された可能性が高い。烏丸線廃止後半年以上経って4・6系統の連続運転が開始されたが,「烏丸車庫入庫」のコマは,同じ「烏丸車庫」行でも13い系統のように必ず入庫する系統と,前途へ継続する系統を区別するために挿入された。「四条烏丸」「円町」「西大路九条」は毎日運行される臨時系統があったが,「河原町二条」は山鉾巡行のため年1日だけ使用されたコマである(これには下鴨・今出川の区別がないため経路が判らず混乱した)。