SEPTA(南東ペンシルベニア運輸公社)のページ

Southeastern Pennsylvania Transportation Authority's Light Rail System


Philadelphia市におけるTrolleyの歴史

Philadelphia市におけるPCCカーの定期運行は,1992年11月の15系統を最後に終了したが,その後も観光客用の51系統,23系統の北端を利用するChestnut Hill Historic Trolleys等に使用するため,数両が動態保存されている。また一部はSan Francisco MUNIに譲渡され,F系統で運行されている。 当市の都市交通は,かつて63丁目で貨物の受け渡しをしていたPhiladelphia & West Chester (Red Arrow)や地下鉄線,さらには非連絡線であったFairmount Park Trolleysも含めて1581mm(5' 2 1/4")という広軌を採用しているため,他都市への譲渡には改軌が必要となる。

PCCカーにも2系列あって1938年から42年にかけて登場した初期の車両(2000,2500,2600)は空気制動を利用していたためPCC air carsと呼ばれるが,1947年から登場の後期の車両(2100,2700)は電気制動となりPCC all-electricsと呼ばれる。 写真の2733はPTC当時の塗色に復元の上,1234 Marketの商工会議所ビル(SEPTAのHeadquartersが入居)の地下に静態保存されており,隣の地下鉄Market-Frankford線(MFSE)の13丁目駅のホームからも見ることができる。SEPTA Transit Museumと称するが,これ以外には若干の写真展示と鉄道関係書籍の売店があるのみで,まだMuseumと呼ぶにはおこがましい感じである(1996.11時点)。

(本題は準備中)

1977年当時の運行路線

現存系統起点経由終点備考所属車庫
6Olney StationOgontz Av.City Line1958年迄は長途Willow Groveまで通っていた。路線図上は孤立していたが,実際にはLuzerneからOld York Rd.を延々と回送していた。1986年バス化。Luzerne
*10City HallLancaster Av.63-MalvernCallowhill
*11City HallWoodland Av.DarbyWoodland
*13City HallChester Av.Yeadon平日朝夕と土日昼間に一部Darbyへ延長運転。Woodland
*1563-HaverfordGirard Av.Westmoreland1992年11月からバス代行になったが,2005年9月4日から電車運転に復帰。Callowhill
+23Chestnut HillGermantown Av.10-BiglerGermantown
*34City HallBaltimore Av.61-BaltimoreWoodland
*36City HallElmwood Av.80-EastwickかつてはChesterまで通っていた。1980年当時は殆どが現在のElmwood Depotで折り返し。Woodland
50Naval ShipyardRising Sun Av.LawndaleIndependence Hallの横を通る歴史的路線で,Bicentennialには観光ループも運転された。Luzerne
53Luzerne DepotWayne Av.WissahickonLuzerne
+56NicetownErie Av.CottmanLuzerne
60Laurel HillAllegheny Av.RichmondLuzerne
*10169 St. TerminalDrexel HillMediaRed Arrow DivisionUpper Darby
*10269 St. TerminalDrexel HillSharon HillRed Arrow DivisionUpper Darby

現存欄の"*"は現存路線で,100番台の旧Red Arrow路線と15系統を除いて,すべてMarket St.の地下線を運行。"+"はPCC Carsの老朽化に伴い,"temporarily"にバスで代行運転されている(配線図を参照)。

SEPTA CTD-LRT Operations配線図 (Apr. 1993)



J (Juniper St. Station)とB (40-Baltimore Portal)の間が地下線。City HallとSchuylkill川(「スクルキル」と読み,語源はオランダ語で「学校殺死」とは無関係)左岸の間は1901年にHeavy Railと共用の複々線トンネルとして完成。1955年10月に地下線が延長されるまでは,川をトラス橋でわたってPenn-Centralの30th St. Stationの前から併用軌道に入った。

現在のSubway-Surface Routes (10,11,13,34,36系統)は何れも1981年新設のE (Elmwood Depot)に所属。かつての車庫W (Woodland Depot)は現在は修理工場として利用。その当時は,10系統はC (Callowhill Depot)が担当。この5系統は"Green Line"と総称され,全て川崎製のLRV (9000シリーズ)で運行されているが,全113両を収容するには確かにWoodland Depotは手狭であった。

10系統の出入庫は,42-WoodlandからM (40-Market Subway Sta.)を経て41-Lancasterに至る"Alternate Route"を使用して行われるため,かつては地下線の保守時間帯(概ね木曜日の深夜~早朝)にしか定期運行のなかったこの路線を,日中に電車が走行するのを見ることができる。(むろんこの路線にも,大昔には14や40系統と言った常設系統があった。)

CTD (City Transit Division)の範囲にも,SETPA継承以前には4000シリーズ(いわゆるHogs)や5200シリーズといった両運車で運行される系統が存在したが,現在は全て片運車で運行されているため,折り返しにはループ線または三角線を必要とする。従って上で触れた"Alternate Route"に限らず,あちこちにかつての営業線の一部が運行調整を行うための非営業線として残されているのが分かる。

Callowhill Depotは,その後も最後の路面系統となった15系統のPCC車を収容していたが,1992年11月のバス化以降はバスの車庫と化している。ただし,1996年秋の10系統の軌道改良工事中は,10系統がバスで運行され,代って15系統が4年振りに電車で運行された。SEPTA軌道運行の本丸であった,L (Luzerne Depot)は1993年頃バス車庫への転換工事が実施され,配線図から軌道は消えている。 この配線図は,積極的に維持すべき軌道を表示しているので,この他にも使用可能な線路は多少存在する。例えば,G (Germantown Depot)からも軌道は消えているが,1995年頃まで23系統の北の端を使って"Chestnut Hill Historic Trolley"が週末のみ運行されていた。しかし,この系統はGermantown Depotで折り返していた。

Philadelphiaは古都なので,観光は重要な産業である。そのため,Center Cityに残る唯一の路面軌道である23系統の一部を使って,観光客用に「51系統」が運行されていた。区間はS (Bainbridge Loop)とP (Parkside Loop)の間である。補助金(観光協会?)不足を理由にこの運行は1996年春に打ち切られたが,折りに触れて復活の要望が出されている。

15,23,56の路面系統は,LRV (今回は連接車)が入線するまで"temporarily"にバスで代行運転されることになっているが,交通事業への連邦予算増額は期待できず,将来は暗い。従って当局から,当面56系統を"permanently"にバス化する提案が出されている。

Philadelphia Trolley Coalition

アメリカにおけるLRTの復権は,1980年のSan Diego, CAから始まったが,1980年代を通じて他都市でのLRT導入が進むのと裏腹に,Philadelphiaでは軌道撤去が進み,「暫定代行」を含めて7系統が姿を消した。さらに「暫定代行」が完全にバス化されることも懸念されている。

Philadelphia Transportation Companyのロゴ
このような状態を憂慮して設立されたのが,Philadelphia Trolley Coalition (略して"PTC")である。「20年前にはここに電車があった」と過去形で語らなくて済むように,をスローガンとする団体で,言わば「Philadelphiaの市電を守る会」に相当する。実は略称の"PTC"は,現在のSETPAの前身である"Philadelphia Transportation Company" (1940-68) の略称でもあり,格別のsentimentを伴うネーミングとなっている。

PTC Newslettersや,San Franciscoに渡ったSEPTA PCC Carsを始め,アメリカにおけるLRT関連のリンクも豊富に用意されている。 ただし従来Webを作成していた担当者が,PTC代表の余りにマニアックな発言に愛想を尽かしてしまったため,今後の更新が継続されるかどうか,は些か疑問である。(1997.7.記)

Philadelphia Trolley Tracks

上のサイトは懸念された通り閉鎖されてしまったが,その内容は一層充実して引き継がれている。このサイトを見れば,Philadelphiaが全米随一の路面電車都市であったこと,またそれがNCL(National City Lines-悪名高いGMの子会社)によって如何に破壊されたかを含め,Philadelphia Trolleysの過去と現状を知ることができる。


SEPTA's Official Page.

Girard Avenueの15系統を(実に10年近く遅れて)2003年から電車運転に復帰するプロジェクトが進行中。ただし車両は驚くべきことにSEPTA保有のPCCカーをレストアし使用する由。50年前の年代物の車両に冷房や油圧リフトを付けるのは却って高く付きそう。これに伴い,現在はバスの車庫となっているCallowhillの一部を電車庫に復旧し,15系統と併せて10系統の9000型も収容する。従って現在朝夕に見られる,40-Filbertを経由する回送運転は早晩見られなくなる模様。詳しくはこちら


 Back