京都市電・車番対応表

Correpondence between New and Old Car Numbers

本ページでは改造が2形式に分かれたため,車番対応が複雑になった601形と,狭軌線の車番整理についてまとめる。1900形については特段の複雑さはないが,広電移籍前後の車番対応と,併せて阪堺電軌251形についても付記する。

狭軌線(N電)

京電買収後,狭軌線車両には車番に「N」を付して区別して来たが,広軌I型が1950年4月19日の32両を以て全廃となり,車番の重複がなくなったため,1955年5月1日付で番号整理が実施された。
New num.Old num.
1N112
2N52
3N113
4N54
5N55
6N66
7N57
8N58
9N59
10N110
New num.Old num.
11N114
12N120
13N132
14N131
15N115
16N116
17N117
18N118
19N119
20N130
New num.Old num.
21N121
22N122
23N133
24N124
25N129
26N126
27N127
28N128

2600形連結車ワンマンカー

京都市では「20年締替え」と称する601形に対する車体更新工事を,1956年度より年次計画により実施してきたが,1962年度末時点で未更新で残った22両のうち18両が,連結車への改造種車に選ばれた。これらに対しては,車体延長・総括制御化を含む大規模な改造工事が,1963年度から65年度に掛けて局工場とナニワ工機で実施された。(*印のみナニワ工機で実施,+印は主制御器の損傷により早期廃車,#印は烏丸線廃止後に一時ツーマン化。)
New num.Old num.
2601629
2602639
2603634
2604637
2605+635
2606633
New num.Old num.
2607668
2608657
2609650
2610665*
2611647*
2612644*
New num.Old num.
2613661
2614663
2615653
2616671
2617#670
2618#625

1600形ワンマンカー

2600形へ改造は18両で打切られ,残りは簡易ワンマン改造で対処することになった。1600形への改造は,1965年度末時点の未更新車(*印の4両)に対して先行実施され,1966年12月に局工場を出場して錦林車庫に配置された。残り59両の改造は,局工場以外にナニワ工機・大阪車両工業と分担して実施された。(+印は西大路通での脱線衝突事故により早期廃車,#印は烏丸線廃止後に一時ツーマン化。)
New num.Old num.
1605(L)607
1606(L)609
1607(R)614
1608(R)615
1609(L)616
1610(L)617
1611(L)618
1612(L)611
1613(L)612*
1614(R)613
1615(R)602
1616(R)604
1617(R)608
1618(R)610
1619(R)620
1620(L)619
1621(R)622
1622(R)624
1623(L)640
1624(R)627
1625(R)636
New num.Old num.
1626(L)645
1627(R)643
1628(L)621
1629(L)623
1630(L)626
1631(R)628
1632(L)#630
1633(R)#631
1634(R)#632
1635(L)+638
1636(R)#641
1637(L)#642
1638(L)#646
1639(L)#648
1640(L)#649
1641(R)#651
1642(L)#652
1643(R)656
1644(R)658
1645(L)666
1646(L)672
New num.Old num.
1647(L)667*
1648(R)659
1649(R)654
1650(L)662*
1651(R)669
1652(R)660
1653(R)664
1654(L)655*
1655(L)674
1656(R)673
1657(R)675
1658(L)676
1659(L)679
1660682
1661(R)684
1662(R)683
1663(R)678
1664(L)680
1665(L)681
1666(R)685
1667(L)677
※1600形のretriever位置を(R/L)で示している。設置は点対称だったため,前後で(R/L)が異なることはない。

1900形ワンマンカー

1900形の京都市における車番は種車の下2桁と一致しており,1915以下は欠番とされたため,広電移籍時に車番の付替えが実施された。1922号は千本北大路の滑走事故で早期廃車されたため,これを挟む1921・23号(*印)が1977年に広電に先行移籍し,1906・07号に改番された。他の13両についても,市電全廃後に同様の改番が実施された。(広電における改番については異説がある。)
HiroshimaKyoto
19011916(←916)
19021917(←917)
19031918(←918)
19041919(←919)
19051920(←920)
HiroshimaKyoto
19061921*(←921)
19071923*(←923)
19081924(←924)
19091925(←925)
19101926(←926)
HiroshimaKyoto
19111927(←927)
19121928(←928)
19131929(←929)
19141930(←930)
19151931(←931)

阪堺電軌(南海大阪軌道線)251形

南海大阪軌道線が,1800形の一部(主に元866形)を市電全廃後に引き取り251形としたが,平野線廃止に伴い1980年12月に阪堺電気軌道に移管された。1995年までに全車廃車されたが,255号がOld Pueblo Trolleyに,256号が大和川検車区に保存されている。
HankaiKyoto
2511844(←844)
2521866(←866)
HankaiKyoto
2531867(←867)
2541868(←868)
HankaiKyoto
2551869(←869)
2561870(←870)
(1/9/2018; Rev.10/25/2019)