京都駅前のりば案内

Boarding Locations at Kyoto Station

このページでは,故・高松吉太郎氏をして「日本一の市内電車ターミナル」と言わしめた,京都駅前停留場をご案内します。

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かつては「烏丸塩小路」電停から駅前広場に敷設されたループ線上に「京都駅前」の降車ホームと乗車ホームがあった。これが頭端式の一大ターミナルに変更されたのは1952年,丁度2代目京都駅の焼失後に,先代の民衆駅が建設されたのと同じ年である。

着発線を3線もつターミナルは,新宿駅前(東口)や渋谷駅前など他にもあった。しかしここの特徴は,最盛期に6バースの乗車ホームがあったこともさることながら,私鉄ターミナルさながらの本格的な信号システムを持つ点にあった。下の図は,完成から1961年に狭軌線が廃止されるまでの状況を示すが,その後1970年3月31日の伏見線廃止までは,塩小路通上の狭軌線用の安全地帯が撤去されたことを除いて本質的な変化はなかった。



場内の信号機としては,原則として黄色↑印と赤×印の2現示の鉄道用信号機が用いられたが,烏丸塩小路の交差点については,交通信号機に組み込まれていた。
その他には,系統を指令する(4甲・4乙・6甲・6乙)の4現示の信号機,深夜などに進路選択を自動化するための,進路選択用信号機が設置されていた。

※余談ですが,(4甲・4乙・6甲・6乙)の4灯同時点灯は,中線留置を意味しました。本当は4ビットあれば全部消灯を除いて,15通りの指令を出せるはずですが・・・。
京都駅前ポイントタワーと3番線に入線する最終日の10・11乙系統(1833号)。左側の4現示の信号機が系統指令用だが,壬生廃止後は使用されなくなる。右側の(↑×)信号機には進路予告灯が付く。 降車ホームからポイントを1つ渡ったシーサス手前にも(↑×)信号機があり,これにも入線番線(2・3)を示す進路予告灯が付く。3番線側のブロック積みの小屋は乗務員詰所。(1972.3)
東のりばの信号扱所と進路選択信号機。(1969.12) 西のりば2・3番線終端の車止め。夜間は点灯する。(1974.3)

では,各時期に,各のりばからどのような系統が発着したかをまとめてみよう。

変更時期1番のりば2番のりば3番のりば東1番のりば東2番のりば塩小路通上
1954.3.1 烏丸車庫
たかの
千本今出川
百万遍 円 町
み ぶ
銀閣寺
今出川・烏丸車庫
中書島
いなり
北野
1955.1.16 烏丸車庫
たかの
千本今出川
百万遍 円 町
み ぶ
銀閣寺
今出川・烏丸車庫
中書島
いなり
北野
1956.10.12 烏丸車庫
たかの
千本今出川
百万遍 金閣寺
み ぶ
銀閣寺
洛北高校
四条河原町
中書島
中書島
いなり
北野
1957.4.3 烏丸車庫
たかの
千本今出川
百万遍 金閣寺
み ぶ
銀閣寺
洛北高校
今出川・烏丸車庫
四条河原町
中書島
中書島
いなり
北野
1961.8.1 烏丸車庫
植物園
烏丸・北野
百万遍 金閣寺
千本・北野
中書島
中書島
いなり
銀閣寺
植物園
今出川・烏丸車庫
河原町二条
狭軌線廃止
1963.4.20 烏丸車庫
植物園
烏丸・北野
百万遍 金閣寺
千本・北野
中書島
いなり
銀閣寺
植物園
今出川・烏丸車庫
1970.4.1 烏丸車庫
植物園
烏丸・北野
百万遍 金閣寺
千本・北野
伏見線廃止 銀閣寺
植物園
今出川・烏丸車庫
1972.1.23 烏丸車庫
千本今出川
植物園
百万遍 金閣寺 銀閣寺
植物園
今出川・烏丸車庫
1973初夏 烏丸車庫
千本今出川
植物園
百万遍 金閣寺 銀閣寺
植物園
今出川・烏丸車庫
東2番線撤去
1974.4.1 金閣寺
百万遍
烏丸線廃止(2・3番線撤去) 銀閣寺
植物園
1976.4.1 金閣寺
百万遍
烏丸車庫
1977.10.1西のりば廃止 烏丸車庫
※1957年以前の発着番線や行先表示は,後年の使われ方を基に資料から類推したものなので,明らかな誤りがあれば伝言板でご教示下さい。
※東のりばは,少なくとも1959年1月までは塩小路通上にあり,駅本屋に近い線が河原町線,遠い線が伏見線が原則だったようだ。