1928年5月10日に現在の1系統の一部,出町柳~植物園前間(下鴨中通経由)で,当時未成線であった市電下鴨線の代替・補完機関としてスタートした市バスは,順次路線を拡張し,やがて市電に取って変わることになります。しかし市バスの天下も長くは続かず,1981年5月29日に地下鉄烏丸線が部分開通すると,一層のモータリゼーションの進行も相まって,都市交通の主役の座から徐々に追われる立場になりました。
このページでは,戦後の混乱からほぼ立ち直った1955年から,最初の地下鉄が開通する1981年までの市バス系統の変遷を展望します。
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上の系統図では,3-7-21系統の起点であった西大路三条が主要ターミナルとして掲載されているが,三条京阪や三哲と異なり後年に何の痕跡も残していない。1946年10月に米軍が撮影した航空写真を見ると,三条通の南側に戦時疎開の空地が連なっていたことが判る。西大路三条発着の系統が設定されたのは1950年10月20日なので,操車場も同時に設置された可能性が高い。 |
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操車場の痕跡が残る資料として,「昭和26年頃京都市明細図(総合資料館版)」がある。赤枠で囲った疎開空地の区画に「市バス営業所」と「市バス駐車場」の記載(上下逆だが)が見え,道路拡幅用の空地に暫定的に市バス操車場を開設したものと推察される。同操車場は1956年10月1日に廃止され,操車機能は主として四条車庫(御前通)へ移転している。 |
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