Cover Photos Archive
This page archives former cover photos related to Kyoto City Trams.

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鉄道ファン半世紀|車両写真|向日葵写真館|京都市電の廃線跡を探る


四条大宮で四条線に入る1甲系統1830号。後院通の交差角度は独特で,大宮線北行の信号機は大和銀行(現りそな銀行)の前にあり,南行の進路選択信号機は大宮阪急ビル正面(〇印)にあった。68年竣工の阪急ビルに掲げられた,宝塚ファミリーランドを含む電鉄系遊園地はほぼ全滅した。(1971.7)


5乙系統のみの発着となり,柵で囲まれた末期の京都駅前東乗り場で折返す2603号。伏見線廃止7年後だが,旧東2番線を潰して造った代替81・82系統乗り場には,結構な滞留が見られる。(1977.6)


二条駅本屋側から,植栽帯越しに千本線を北行する1809号を見る。1乙か21乙系統だが,前者の確率が高い。駅前に直進する御池通には,市電との競合を避ける為に京電・城南線が押小路から移設されたが,市電による買収と同時に休止されたので,僅か6年間の営業だった。(1971.7)


廃止が迫る稲荷線・京阪線交差を渡る19系統708号。脱線ポイントと援護信号機が特徴的だが,線路上の撮影者の興味はそこには無いようだ。ここでは何度か衝突事故が発生し,大津線の単車が市電に現物支弁されたこともあった。南西角の信号建屋の存在が歴史を物語る。(1970.3)


太子道を京都駅へ向かう4A系統1863号。太子道は広隆寺の参道を意味するが,実際には殆どの区間で旧二条通と呼ばれる。当所の前後は急行停車停留場が4ヶ所連坦した為,急行通過としても良かった気がする。後ろに見える「玉姫殿」のビルは,3階建の式場に姿を変えて営業中。(1977.7)


今出川浄福寺を行く22乙系統1608号。当時,今出川通沿いには大きなビルは殆ど無かったが,ジャスコの看板が出る11階建の集合住宅は1972年に竣工したばかりだった。第1期線区間は道幅が狭く,市電時代には殆ど歩道は設置されなかった。(1973.3)


地下鉄烏丸線開業時に登場した10系初期車が終焉を迎えている。前面非常扉に窓が無い初期車9編成は,25年6月時点で1108Fを残すのみになった。登場時は4両編成で中間T車(1300-1600)は88年の増備だから,淘汰対象ではない3次車と同世代になる。写真は竹田駅に並ぶ1107Fと1109F。(2020.6)


廃止直前の壬生車庫前を交通局庁舎から。後院通には1000型が2両停車しているが,回送幕を出し,これから九条へ廃車回送される。内回り出庫線で待機する888号も,翌日には錦林へ転属する。直接制御車が転属回送される一方,烏丸からは700型間接制御車が廃車回送されて来た。(1972.1)