前頁の「市民しんぶん」に引き続き,1966年9月に交通局が全戸配布した「京都の市電・市バス」第3号を転載する(但し1-2号の発行は不詳)。
さしたる検証もなく,市電撤去を前提とする財政再建の方針は引き継がれているが,具体性のない高速鉄道計画を持ち出す等,論点の分散が図られている。


今日も元気にさあ出発だ。(五条営業所にて)
まだボンネットバスも多く,後列にはフロントドアの定観車も見える。

市電・市バスはどうなる
-赤字は1日420万円-
まちは車でいっぱい  車,車,車…市内の道路は車でいっぱいです。6年前には約9万台だった府下の自動車台数も,ことしの7月では25万台をオーバーするといった激増ぶりを見せていますし,これに京都のまちを素通りする夥しい数の長距離トラック,他府県からの観光バスが交通難に一層の拍車をかけています。市電・市バス,特に市の中心部を走る市電は,これらの影響をまともに受け,スピードは落ち,ともすれば正常な運行が妨げられ,乗客にご迷惑をおかけすることになるとともに,これが市電・市バス経営難の1つの原因にもなっています。
 東京・大阪などでは。交通渋滞の有様はさらに深刻で,車が全然動かないといった交通マヒの現象が各所に現れ,このため,地下鉄の拡張が相次いで計画されています。京都の場合,東京・大阪に比べれば幾分ましとはいえますが,このままではそのような事態になることはもう目に見えています。

目標は地下鉄や高架
高速鉄道網計画案なる
 とにかくこのままではいけません。京都のまちに新しい都市交通体系を生み出さなくてはならないのです。ご承知のとおり,さる6月1日,京都市の未来像を描いた「京都市・長期開発計画案」が発表されましたが,この中の7大事業計画にも,道路網整備事業と高速鉄道網整備事業が最初に採り上げられています。この高速鉄道網は,図のとおり地下鉄や高架など,94キロの区間を1652億円の費用をかけてつくり,近代的な交通体系を打ち建てるという雄大な構想のものです。この計画は「審議会」で審議され,その答申に基づいて,昭和55(1980)年度完成をメドに実現に努めることになっています。※注1

軌道の上まで車でいっぱい(四条通にて)
市電から市バスの時代へ
電車を縮小 バス大幅増加
 このように京都の近代的な交通体系の青写真は出来上がっていますが,現実に交通難激化のテンポはたいへんな早さです。ですから,この高速鉄道網完成をただ待つことなく,過渡的に,できる限りの対策を建てて,今日の"市民の足"を少しでも便利にしていく努力が大切なことは言うまでもありません。
 そこで,交通局自体としても,このほど,長い間,市電が主で市バスが従といった関係にあったのを,市バスを主体とした都市交通体系に改めることを中心とした「交通事業再建整備計画案」を作ることになりました。
 この計画案の内容はだいたい次のとおりです。
〇市電路線を順次撤去,市バス台数を大幅に増やす
 市電は現在約370両あり,1日延58万人の乗客を輸送しています。一方,市バスは約510両の車で,1日延33万人を輸送しており,今はまだ市電の方が主力を占めています。
 しかしながら,下図が示すように都心部の夜間人口が急激に少なくなってきているのに対し,周辺部の人口がどんどん膨れ上る,いわゆるドーナツ型人口分布の状態になって来るにつれて,市内交通にも大きな移り代わりが見られるようになりました。
 つまり,周辺部から市内中心地への直通市バス系統が増えてきたため,市電の乗客は,昭和38(1963)年ごろを境として次第に減って来ています。一方,市バスは,5年前と比べると2倍近くに乗客数が増えて来ており,今後も市電から市バスへの利用客の移行がますます多くなることは明らかです。市電は,先にも述べましたように,夥しい自動車の波に押されて運行効率が落ちると同時に,さらに市電自体が「ノロノロ市電」という有難くない名前まで頂戴して,交通混雑に輪をかける原因になるといった悪循環が現実問題として生れています。
 しかも,今後,市電の輸送範囲内の自動車交通は,昭和55(1980)年には,現在の数倍に増えることが予想されており,市電の実質的な輸送力は,ますます落ちて行くと見なければならないでしょう。
待たずに乗れる
便利な市バスへ
 そこで,この際,市電の軌道を年次計画によって順次撤去縮少し,撤去した路線は,当分の間は全面的に市バスに代行させ,また,一部の区間については,「京都市・長期開発計画案」に基づいて,高速鉄道の建設を検討するということになりました。※注2 市電路線の廃止案では,43(68)年度からはじめて,48(73)年度には,現在の市電路線74キロが,約32キロにまで縮少されることになっています。
 そして,市・長期開発計画案による高速鉄道網の完成と同時に,市電は全面的に京都のまちから姿を消すことになり,市内交通は,高速鉄道網と,その駅々を縦横に結んで走る,市バス網で覆われる訳です。しかし,それまでの間,1日として,乗客の皆さんに"足"のご不便をおかけすることは,もちろん許されません。そこで,廃止する市電路線へは,電車1台につき約2台のバスを配車し,また,周辺部から都心部への直通バスも,便利な系統を作る計画です。
 この結果,48(73)年度末には,市バス台数は現在の2倍に近い,約1000台に達することとなります。※注3 なお,このバスへの移行によって,次の通り乗客の皆さんへのご便宜が図れるものと考えています。
① 市電に比べてスピードが速い。
② 回数が増えるため,待たずに乗れる。
③ 市電とちがって,経路に融通性があり,より便利な系統が設定できる。

また市電の安全地帯がなくなって,道路が広く使えるとともに,架線もなくなり,まちがすっきりします。※注4

◆増車はすべてワンマンカーで◆
〇ワンマンカー化の徹底  これらの計画は,すべてワンマンカー化が基礎になっています。バスにおいては,可能な路線は順次すべてワンマンバスとし,また。市電も存続中,どしどしワンマンカー化をすすめます。
 ワンマンカーも,最近では小銭,または回数券の用意とか,乗ったら中へお進み願うなどについて,乗客の皆さんのご協力を得て,スムーズに運行できるようになりました。しかし,これまで,「ワンマンが来たり,ツーマンが来たりでは,待っている客はややこしくて仕方がない。みんなワンマンだったら,かえって乗りやすいのに」とのお声もありましたが,これからは,こういった声もなくなる訳です。

写真はワンマン市電・バス(金閣寺前)
市電2606号は原塗色,市バスは76系統
〇ワンマン全国的傾向  事実,欧米諸国では,路面交通機関はすべてワンマンカー化,連結化され,極めてスムーズに乗降が行なわれています。また,国内にあっても,公営・民営を問わず,全国的にワンマンバスの拡大の傾向にあり,大阪市では,市バス総台数の55.7パーセントまでがワンマンカー化され,東京都・横浜市・神戸市・名古屋市などでも,どんどんワンマンバスを増加させています。京都の市電・市バスワンマンカーは,車両内外に色々な特別の装置が施され,安全対策は万全です。ワンマンカー化は,将来の労働力不足時代に備えるとともに,経費の節減を図ろうとするものです。また,節減人員の一部を,増車に振り向けることもできるようになります。今後ともこのワンマンカーに,一層のご協力をお願いします。
赤字は38億円にも
=破綻に瀕する交通財政=
 以上の通り,京都市内の交通体系を,現実に即して建て直して行く訳ですが,一方,企業財政そのものの建て直しを迫られています。
 1日90万人の乗客を輸送して,年間約53億円,日に1450万円の収入のある大きな企業ではありますが,市電・市バスを運行させるために,どうしても要る経費は,収入を大きく上回り,年間約64億円を必要とし,差引,年間に約11億円の赤字を出しています。これは,昨年度の実績で,今年は更に赤字が大きくなり,年間損失見込15億円,1日にして420万円の赤字を出しているのです。
 そして,昭和35(60)年度から出始めた赤字の合計は,この41(66)年度末で38億円近くに達するという暗い見通しで,まさに危機的な状態になっています。
〇苦しい原因  赤字がこのように急激に増えて来た原因は,色々考えられますが,その主なものとして,

時間帯別乗客数
❶ 交通混雑で市電・市バスのスピードが落ち,その分だけ車両や乗務員が多く必要となるため,コストが高く付くこと
だんだん激化するラッシュ輸送のため,車両や乗務員の用意,車庫の新設など金がかかる上に,ラッシュ以外は乗客が激減するため,これらの施設が殆ど遊んでしまうこと
市郊外部の発展に合わせて新設して来たバス路線は,その殆どが赤字路線であること
諸物価の値上がりに連れて,人件費・資材費などが次第に嵩んで来るのに反し,運賃が政府の公共料金抑制策によって,市電は10年半(昭28(53)年7月~39(64)年1月),市バスは11年半(昭28(53)年7月~40(65)年1月)もの長い間据え置かれ,大きく原価を割っていること。なお,この間に,国鉄・各私鉄・民営バスでは,2・3回の運賃改訂がありました
❺ 割引率の高い(3割引~7割引)定期券利用客の増加や,社会政策的な割引のため,15円という市電運賃も,実質的には11円73銭,市バスでは1区20円のところが16円99銭にしかならないこと。なお,乗客数の4割に近い定期券客について見ると,乗車1回当り,市電8円51銭,市バス1区11円48銭という安い金額になっています
自家用車やタクシーの利用者が増えて,市電・市バスの乗客数が伸び悩み,市電については3年ほど前をピークとしてその後減って来ていること
などが挙げられます。

市民の足を守るため
企業建て直しに努力
徹底した経営合理化
 交通局では,このような経営悪化にただ手をつかねていた訳ではなく,赤字に占めるウエイトの最も高い人件費を減らすことを主眼に,たとえば,
〇市電・市バスのワンマンカー化バス 昭和26(51)年から,電車 昭和39(64)年から
〇バス車体の大型化昭和35(60)年から
〇市電の急行運転の実施昭和37(62)年から
〇変電所・転てつ機の自動化昭和25(50)年から
〇業務の委託や外注 〇従業員数の抑制 〇高齢退職制度の実施
などの政策を,次々と進めて来ました。そして,今後は,さらにこれに加えて,先に述べました軌道縮小・バス化や,事務の簡素化,能率化などの長期計画を実施に移すとともに,勤務制度の再検討,交通局病院の廃止,車内料金箱の設置などの緊急合理化策を実行することになっています。軌道縮小・バス化計画は,今後の市内交通基本政策であると同時に,企業の体質改善,経営合理化にもつながるものです。
独立採算で税金は使えぬ
 市電・市バス事業は,ご承知のように「地方公営企業法」に基づいて運営されており,その経費は,皆さんから頂く市電・市バスの運賃収入のみで賄うことになっています。つまり,増車のために車両を買うのも,従業員の給料も,経費はすべて企業自体の手で稼ぎ出さなくてはならないのです。ですから,赤字だからといって,どこからもその補償はありまえん。一部には,「同じ市の事業だから,赤字なら市の税金で穴埋めすればよいではないか」というご意見もありますが,市の一般財政にはこのような余裕は全くなく,強いてそれをやれば,道路の舗装や,ごみ集めなどの一般行政を圧迫することとなります。また,人によって市電・市バスの利用回数も違い,全然利用しない人もあり,市民以外の利用者もありますので,交通事業の赤字を税金で穴埋めすることは,市民負担の公平という点からも問題がある訳です。※注5
合理化にも限界
 先に述べました通り,交通局では経営の赤字を少なくするため,懸命の企業合理化を行なっています。しかし,市電・市バスのような都市交通機関では,1両ごとに必ず乗務員を必要とし,郊外電車のようにたくさんの車両を連結して運転することはできません。※注6 しかし,また,他の製造業のような極限までの自動化,無人化によるコストダウンも望めません。労働集約産業と言われる交通事業の合理化には限界があると言われるゆえんです。しかし,このままでは5年先には赤字は100億円を突破し,企業の存立すら危うい状態になりますので,今ここで経営の建て直しをしなければ"市民の足"の確保も難しくなります。言い換えれば,『公共福祉の増進』のため,採算を度外視して経営しているバスの赤字路線などの存廃も検討せねばならぬことになる怖れがあります。
原価を割っている運賃
 他の大都市の公営交通もいずれも同じような原因で京都より多額の赤字を抱え,その財政建て直しのため,大阪・横浜では4月から,名古屋・神戸では9月1日から新料金が実施されています。※注7
 京都市でも,先の諸施策を完全に実施して,なおかつ赤字は埋めきれず,交通事業財政を建て直し,"市民の足"を守るためには大きく原価を割っている今の運賃を適正にする必要に迫られています。
都市交通の近代化のために
 千年の古都,京都市も,今では周辺の市町村を含む広域都市圏の中心都市となっており,今後,豊かでしかも文化的な都市として発展しなければなりません。
 そして都市の発展には,何としても交通網の整備が前提です。このため交通局では京都の都市交通の担い手として,今後も市内の交通事情をよくするための努力を続けます。市民の皆さんの一層のご理解とご協力を切にお願いします。


※注1:94kmに及ぶ高速鉄道構想を語って,市電撤去を正当化しようとするが,審議会にも諮られていない実現性の極めて低い案を,現実の市電撤去の取引材料に使うのは誤りである。事実この変形ターナー型のような路線案は,その後の高速鉄道計画には現れない。また2008年時点で実現した地下鉄営業距離は31.2km(京阪鴨東線を含めて33.5km)と,この構想の1/3に過ぎない。
※注2:高速鉄道計画とは無関係に,まず市電撤去を行う。その後,部分的に高速鉄道の建設を検討すると宣言されているので,事実上高速鉄道は市電撤去の取引材料ともなっていない。
※注3:後掲の第3次財政再建計画を先取りした内容になっている。昭和48(73)年末の市電営業距離は32.9kmで計画されるが,その時点で市電280両の減車に対して,バスの増車は380両となっていて,増車分がすべて代替バスに割り当てられるとして,市電1台にバス1.36台の計算になる。
※注4:架線が無くなることによる景観の改善が,軌道廃止のメリットに挙げられることは多いが,電線地中化の方が改善効果は大きい。また内燃運転に伴う排ガスによる健康被害の可能性や,安全地帯が無くなることにより,バス停が交差点から離れて判りづらくなる問題には触れていない。
※注5:「地方公営企業法」を前提にしているが,むしろ独立採算制の矛盾点を指摘して,制度改変を目指すのが筋だろう。公共交通利用者がすべて自家用等に転移することを考えれば,公共交通の便益は非利用者にも及ぶと考えられる。(道路の便益を受けるのは運転者に限らないから,道路特定財源に関しても同様の議論があった。)
※注6:上で「欧米諸国では,路面交通機関は…連結化され」と言いながら,「1両ごとに必ず乗務員を必要」とするのは矛盾。「路面電車運転規則」の30メートル規制を前提にしており,過剰な規制を緩和させようという意思が感じらない。信用乗車制を導入すれば,電車については連結運転が可能だから,省力化の可能性はバスより大きい。
※注7:市電は昭和39(64)年1月に運賃値上げをしているが,上の❹で「前回値上げまでの期間の長さ」を次回の値上げの理由にするのはおかしい。前回値上げの時にきちんと議論しなかったのが問題で,他都市も値上げしたというのが唯一の根拠に見える。そもそも将来の交通体系を論じるはずが,最後は直近の値上げに議論が矮小化している。
(4/17/2020)