昭和41(1966)年8月 第130号 京都市広報課
 16年続いた高山市政の後,1966年2月に自民党参議院議員であった井上清一が市長に就任した頃には,交通局の財政再建団体への転落は時間の問題となり,市電撤去を含む財政再建の方針に沿った広報が行われた。本ページではその一端として,66年8月の「市民しんぶん」の関連特集を転載する。※注1
 しかし財政再建団体指定と時を同じくして井上市長は急逝し,67年2月に市政は革新系の富井清に引継がれることになる。(敬称略)

[今月の話題]  

ピンチに立つ市電・市バス
市内交通の大半受け持って
 千年の古都"京都"に美しくマッチしたグリーンのスマートな車体。京都の市電・市バスは,ここが日本の電車発祥の地という誇りもあって,古くから市民にとりわけ愛され,親しまれ,京都市の発展とともに歩んできました。
 そして現在この市電・市バスの両方で市内交通の大半を受け持っており,文字通り"市民の足"として市民生活と切っても切れない存在となっています。
 ところで,この"市民の足"市電・市バス事業は,現在経営がピンチに追い込まれているほか,たくさんの問題をかかえていますので,今月はこの市電・市バスについて市民のみなさんに十分のご理解をいただくため「市電・市バスの現状」を2面に特集しました。

市電・市バス事業の現状
毎日90万人が利用
 市電・市バスの利用状況は,現在1日約90万人に達しています。うちわけは市電が58万人,市バス32万人で,140万市民のうち,3人に2人が毎日1度は市電・市バスに乗っていることになります。そして,市内交通機関別の輸送分担割合,つまり市電・市バス,国・私鉄,ハイヤー・タクシー,会社バスなどの市内交通機関のうちで,市電・市バスは全輸送量の61%を受持っているのです。

赤字,日に420万円
どこも苦しい都市交通事業
 ところが,この"市民の足"である市電・市バスの経営状態は近年しだいに悪化し,昭和35年度から出はじめた赤字の合計は40年度末で約22億4千万円となり,41年度末にはこれが38億円近くにも達するという暗い見通しです。
 そして今年度の1日にでる赤字額は約420万円,これは毎日バスの新車を1台半買える額に相当します。昭和40年度の1年間の収支を見ても,
  • 市電では収入27億9千万円に対し支出37億3千万円で,差引き9億4千万円の赤字
  • 市バスでは収入25億2千万円,支出27億2千万円で2億円の赤字
  • 合計で11億4千万円の赤字となりました。
     このため,市電・市バスを経営していくための資金繰りもたいへん苦しく,赤字補てんのための一時借入金だけで40年度末には11億6千万円になり,このほかに新車の購入や,市バス営業所やバスターミナルの建設など,輸送力をふやすための長期借入金は40年度末で20億4千万円という大きな額に達しました。
     40年度中に支払ったこれらの借金の利息だけで約1億8千万円,1日当たり50万円の支払利息となり,赤字は雪だるま式にふえることとなります。
     赤字で苦しんでいるのは,京都市だけでなく他の大都市の公共交通事業も京都市よりずっと多額の赤字に悩んでいます。昭和40年度末の大都市交通事業の赤字合計額を見てみますと,東京都191億円,大阪市154億円,名古屋市72億円,横浜市68億円,神戸市37億円,京都市22億円となっています。
     このように,京都市では今日を見越して早くから企業の合理化につとめてきたこともあって,現在のところ他の大都市に比べて赤字はすくなくてすんでいますが,このままでは他都市なみになるのも時間の問題といえます。
  • 交通戦争でコスト高
    長く据えおかれた運賃
     では,なぜこのように赤字が急激に増えてきたかといいますと,その原因はいろいろ考えられますが,その主なものをあげてみますと,つぎのとおりです。
  • 交通混雑で市電・市バスが思うように走れないこと
     最近の自動車の増加ぶりは大変なもので,道路は車の洪水です。このため市電・市バスのスピードが落ち,これを補うために車両や乗務員も多く必要となり,輸送コストが高くつくことになります。
  • 時間帯による乗客数の差がはげしい
     大都市ではいずれもラッシュアワーの現象が生じています。京都の市電・市バスの時間帯別利用状況について見ますと,右の図のように朝夕のラッシュのわずかな時間に1日の乗客の半数近くが集中し,反面,1日19時間の営業時間のうちほとんどの時間はそれこそ潮の引いたように乗客数はガタ減りです。しかし,交通機関としてはピーク時の乗客数を対象に,車両,乗務員,車庫,変電所などを用意しなければなりません。ところがこうして用意された車両や人員などは閑散時にはロスを生じることになるのです。
  • 諸物価が大きく値上がりしているのに乗車運賃が低く抑えられていた
     諸物価の値上がりにつれて人件費,資材費などは次第にかさんできます。ところが政府の公共料金抑制政策によって市電は10年半(28年7月~39年1月),市バスは11年半(28年7月~40年1月)運賃が変わりませんでした。同じ運賃でも国鉄,各私鉄,民営バスについてはこの間に2,3回の運賃改定がありました。
  • 割引き制度で1人平均電車運賃は次第に低下している
     ひとくちに市電15円,市バス1区20円といいますが,実際には割引の高い(3割引~7割引)定期券利用客の増加などで,1人当たりの平均乗車運賃は市電では11円72銭,市バスでは1区の20円区間から最高120円までの乗客を平均して19円12銭というのが実状です。
  • 合理化で節約に努力
    人件費節減の一翼をになうワンマンカー(2000型)
    親変電所のコントロールで無人化された変電所
     交通局では,これらの経営悪化に手をつかねていたわけでなく,できる限りの企業合理化をはかり,何とか事業の再建をはからねば・・・といろいろな方法で経費の節減に努力を重ねてきました。たとえば
  • 市電・市バスのワンマン化(バス=昭和26年から,電車=昭和39年から)
  • 赤字の大きかった北野線のバス化(昭和36年)
  • バス車体の大型化(昭和35年から)
  • 市電の急行運転実施(昭和37年から)
  • 変電所,転てつ機の自動化(昭和25年から)
  • 業務の委託や外注
  • 従業員数の抑制
  • 不用になった資産の売却

    独立採算制で税金は使えぬ

     ご存知のようにこの市電・市バス事業は地方公営企業法に基づいて運営されていますが,その経営は市電・市バスの運賃収入などによって一切をまかなうことになっています。これを独立採算制の原則といいます。つまり,電車やバスの新車を買うのも,従業員の給料も,すべて経費は事業自体の手で稼ぎ出さなければならないことになっており,赤字が出たからといってどこからもその補填はありません。
     一部には「同じ市の事業だから,市の一般会計(税金)から穴埋めすればよいではないか」というご意見もありますが,常に市電・市バスを利用される方と,ほとんど利用しない方があり,交通事業の赤字を税金で穴埋めすることは不公平な結果となります。※注2
  • "市民の足"確保へ
    急がれる財政再建策
     市電・市バスはこれからも市民生活の大動脈としてますます活躍しなければなりません。
     しかし,このような経営状態では,その確保もむずかしく,こんご愛される市電・市バスにするためにも,1日も早く経営自体を建て直す必要に迫られています。このため,さきに市会の要望によって,「京都市交通事業財政再建審議会」が設置され,さる6月27日,当面の方策についての中間答申が出されました。答申は
  • 企業の合理化
  • 負担区分の明確化
  • 運賃の適正化
  • 経営管理体制の確立
    の4つを柱としていますが,市ではこんご,この答申を十分検討し,交通局全職員はいっそう業務の改善につとめて,発展する京都にふさわしい"市民の足"にするよう努力を重ねます。市民のみなさんのご理解とご協力をお願いします。
  • ※注1:著作権法第32条2項の規定により,地方公共団体名義の広報資料の転載は法的に許可されている。
    ※注2:現在では,この考え方は必ずしも正しくないとされる。バスに乗ってくれる人が多いほど,同じ道路空間を共有する車はスムースに走れるのだから,車利用者はバス利用者に補助金を払うべきだという論理も成立つ。